重荷をわたしに

コロナ一色

秋が深まり、急に一年の終わりが見えてきたように感じます。今年は「コロナ一色」でした。

教会もご多分に漏れず、通常の働きができなくなり、4月から礼拝は原則会堂に集まってではなく、インターネットによる同時配信となりました。6月半ばから会堂での礼拝を再開しましたが、密を避けるため、午前、午後、インターネットという形でなしています。

一つひとつの判断や調整が難しく、迷いに迷った日々でした。得体の知れぬものへの恐怖からは平静を取り戻しているように思いますが、集団感染が起こらないように緊張が続いています。

 

ウイルスよりも怖い人間

新型コロナウイルイス感染拡大に対し政府が七都道府県に緊急事態宣言を行ったのが4月7日。半年前のことであり、半年間、私たちの社会は闘いの中に置かれ続けてきました。 

病そのものや経済的な大きな課題がありますが、それらの外的な事柄だけではなく、私たち自身の本質的な部分、内面が問われたように感じます。

マスメディアやネットからの溢れる情報に揺り動かされ、何を信頼したら良いのか分からない戸惑いの中に置かれました。

病への不安や長い自粛生活の中で自分の思いのままにならない苛立ちから様々な所で差別や他者への優しい想像力を失った行為がありました。「ウイルスよりも怖い人間」との悲しい言葉を耳にしました。

 

ゆっくり、のんびり

精神科医の香山リカ氏は、新聞のコラムで、人間を含めた動物の心身に与えるストレスの影響について述べておられました。

生きものがストレス状況に置かれると、はじめは危険に対応しようと身がまえ、むしろテンションが上がったり素早く動けたりする、でも、残念ながらこの状態は長く続かず、ストレスに対応しようとして体内で色々なホルモンが出たり、臓器に疲労が加わり、全身に故障が起きてくるというのです。

普段より仕事や家事のペースを落とし、目標をやや低めに設定し、手抜きも取り入れ、「この秋はとにかくゆっくり、のんびりで過ごしてほしい」と勧めておられました。

 

重荷をわたしのもとに

コロナが長引く中で疲れ、自らの弱さを覚えますが、その私たちを丸ごと受け止めて下さる方があられます。

イエス・キリストは仰せられました。「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(新約聖書)」 

イエス・キリストは、「さあ、行け!」と叱咤激励するのではなく、「さあ、私たちは行こう!」と、私たちの生きる重荷をともに担い、私たちの歩幅に合わせともに歩み、神の平安の中へと導いて下さる人生の旅路の同伴者です。

イエス・キリストに重荷を下ろし、神が下さる平安の中を歩んでいきたいと思います。

 

守谷聖書教会

牧師 鈴木洋宣